改めてサカナクションやばいなって思った話

事務所で仕事しながらこんな夜中にYoutubeの自動再生の流れに乗せられてサカナクション聴いてます。

前からヤバいなと思っていたのですが、サカナクションはヤバいです。何がヤバいってあの「バランス感覚」がヤバい。例えば「バッハの旋律を夜に聴いたせいです。」はヤバい。音楽に対して何も知識がない人が聴いたらサビと思えるかどうかわからないギリギリを攻めるサビ感なのですが、きっと誰でもギリギリサビだって気づくと思うんですよ、このサビ。

僕は音楽ディレクターの仕事をしていまして、金銭的対価を得るに値する音楽を作らないといけない立場です。(音楽を愛してる僕にとってこれはとても幸福なことです)

「金銭的対価を得るに値する音楽」では長いので「商業音楽」と呼びましょう。音楽を含む芸術というものに正解はなく、何が優れていて何が劣っているかという指標は全くないのですが、商業という言葉がついただけで明確な指標ができます。「どれだけその1曲がお金を生み出せるか」です。こういう言い方をするとゲスく聞こえちゃう気もしますが、お金を生み出すってことは、多くの人がお金を出す価値があると判断するってことで、お金を出す価値があると判断するってことは、その作品を良いと感じるってことです。つまり、商業音楽である以上「少しでも多くの人から良いと思ってもらえるもの、多くの人を幸せにできるもの」を作らないといけないってことです。

さてさて、なんでもそうなのですが、難解な物事や作品の良し悪しを判断するにはそれ相応の知識が必要です。例えば僕は絵画に対して全然知識がありません。なのでピカソの絵を見ても残念ながら良さが全然わかりません。良いとも悪いとも思わない。判断不能です。恐らくそれなりに絵画に対して精通した方が見ればあの作品の価値や魅力が理解できるのだと思います。一方で先日tipToe.にイラストを描いて下さったダイスケリチャードさんやゆのさんの作品は素人の僕が見てもとても可愛く魅力的に思えます。この様に同じ絵であっても作品によって理解しやすさが違うということです。(絵画とイラストは正確には異なるので比べてはいけないのかもしれません…その辺りの専門の方を怒らせたらごめんなさい)

モンハンで言うなら「この絵(クエスト)はハンターランク2以上じゃないと理解(クリア)できない。」とかそういう話です。

商業音楽を含む商業芸術は多くの人に魅力を理解してもらう必要があるので、この理解難易度を意識的に下げないといけません。この辺りの感覚を理解できないと商業でやっていくのはとても厳しくて、プロを目指す数々の音楽家たちが”自分らしさ”の枷に捕まってここで倒れていくのです。プロを目指すぐらいの方々は自分自身の知識が多いので理解難易度が高い作品を理解できる故にそれ基準で作ってしまいがちです、自分の周りにも自分と同等レベルの人たちが多いので「自分の周りではウケるのに一般層に届かない、悲しい」みたいな現象が起きます。世の中の人たちがみんな自分と同じような音楽オタクではありません。

この理解難易度を下げる方法として、例えばメロディや展開がわかりやすく作るというものがあります。メロや展開が覚えやすくて気持ちいいのは良いです。一方でただそれだけだと全然面白くない作品になってしまいます。大量生産、大量消費される使い捨ての音楽にしかなりません。

ここで重要になってくるのが「表面上理解難易度を下げつつも小難しい部分はなんとかうまいこと残す」という技で、サカナクションはこれが絶妙でこれ以外ないって感じです。これ以上攻めたら理解難易度上がる!というギリギリのところを攻めたり、小難しい部分を小難しく聞こえないように提示してきたり素晴らしいです。僕は親しみやすくするにはある種のダサさや臭さは必要だと思っていて、それもサカナクションは最高です。

この辺りのさじ加減は本当に見習いたいです。言うは易く行うは難しすぎて辛い。

理解難易度が高い方と低い方どちらが高尚だとか、商業音楽とそうでない音楽のどちらが優れているだとかそういう話ではないです。ただ少なくとも自分の作った音楽を届けたい相手が商業音楽を経たその先にいるので、僕は今たっぷりこだわりとメッセージを練りこんでわかりやすい商業音楽を作ってます。沢山の人を幸せにして、その先のほんの一握りの人を救いたいです。

 

以上、真夜中のサカナクションやばいなって話でした。

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